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「極東ネクロマンス 」について(第16話・ネタバレあり)

https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3Z4NUU+2GPLWY+348+1C8R5E
https://www.oninkun.com/back-issues-of-kyokuto-necromance
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前話までの感想はこちら↑↑↑↑↑↑↑
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<ストーリー>

シシに肉体の主導権を渡して龍をボコボコにする坊主。

更にサブカルに体を切り刻まれて首以外バラバラにされても、首だけで再生する龍。
魂を別の肉片にワープさせていれば大丈夫らしい。
「いよいよ本当に化け物だな。」

体をバラバラにしても意味ないと龍からのアドバイスも受け入れずひたすら切り刻みサブカル。
バラバラになった肉体に魂が入っていたら儲けものとして坊主と一緒に潰していく。
しらみつぶし作戦である。
・潰す前に魂をワープされたら意味ないのでは…。
こんな戦い方しか思いつかないサブカルと作者…。
発想の貧困である。

この戦い方では、シシを乗り移らせた坊主の魂の消費の方が激しくなる。
坊主の魂は現在半分以上消耗している様で、これ以上シシを乗り移らせると命が危ないらしい。

だが、坊主は憑依を解除しない。
シシが「それ以上魂を消費すれば死ぬ」と助言しても、坊主は「死なない、オレは多分死なない」と豪語する。

その勢いに任せてついに龍の魂を掴む。
という所で、坊主の魂が消費し過ぎて坊主倒れる。

という所で終わり。


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<感想・分析>
シシが憑依した時の坊主の絵が下手過ぎる。
雷禅の下位互換。
破れかぶれになっている。

坊主の「俺は多分死なない」も意味不明。
この状況で坊主が総いった理由を考えて見ると…サブカルが「短期決戦で行くぞ」と言ったからか…。
だとしたら、サブカルの司令塔としての意義が…。
本当に物語に起伏を作る演出が下手である。


やはりこの漫画の弱点の一つは行動に必然性が伴っていないということである(行動の非リアル)。

たとえば、龍の首をバラバラにする件。
首だけにしたのに生きていることに驚いているのだが、少し前に龍を上半身と下半身真っ二つにしても龍は平気で喋っていたろ。
そうであれば喋っている上半身を本体と見做して、次は上半身に絞ってバラバラにする方が倒せる可能性が高いはず。
何故首だけ残す。
バトル描写でさえ、想像力の欠如から来る非リアル的行動を取ってしまうのが打ち切り漫画の特徴である。

なお、龍は魂を別の肉片にワープできるから、顔を切り刻んでも関係ないという主張もあろうかと思うが、それはサブカルが知っているわけではないし、龍の顔を攻撃しない理由にならない。

サブカルは切り刻んでも無駄と分かっているのに、何度も同じことをしている。
その際に、顔だけは綺麗に残している。
その意味はなんなのだろうか。
漫画描写の都合に合わせているのは分かるが、それを読者に見抜かれている時点で意味も価値もない。

臨場感が足りなくなる決定的要因だ。
表現力不足の典型。

次の展開はどうせ見えている。
なんだかんだ坊主復活である。

これはもう、「那波歩才先生の次回作にご期待ください」である。
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